人工社会研究の特異性

人工社会モデル・シミュレーション研究で考えることがある。僕は社会心理学で人工社会モデルによるシミュレーションを行なっている。結局、こうした研究をするためには、幾つかのハードルを一人で、あるいは共同研究なら複数人が下記の異なる領域・分野をこなしつつ、かつ統合・再構築する必要があるということである。

  1. 理論的側面:社会心理学研究をするのであれば、少なくとも特定領域の専門知識や方法論,理論的視座について明るくないと、システムの構築はおろか、発想すら浮かばないと思う。また、出力された結果,これは、予期されていたものもそうだが、全く予期していなかったことについて、専門的な観点からの意味付けや発見を発見として見出しがたいと思われる。まして、考察や論述などの際に有意義で豊富な知見を引き出しうるかは、この側面でどれだけの蓄積があるかで決る気もする。
  2. 技術的側面:シミュレーションを行なうためには、少なくとも現状ではプログラミング言語を一つ以上使いこなせることが必要不可決な条件である。これはできればオブジェクト指向言語であることが望ましい。今現在、オブジェクト指向言語はいくつもあるが、代表的な言語はJava,C++がある。他にもいくつもあるが、OSや動作環境に極力依存しないものが望ましい。

また、シミュレーション自体を行なうためにも、幾つかの関門があると思う。これは研究者自身の能力である。即ち@構想力,A設計力,B技術力である。構想力は、問題発見能力であり、異なる領域などにおける関連性を見出すことができ、洞察をもたらす力である。つまり、異なる専門分野や体系を再構成できる能力を指している。Aの設計力は、@における構想やアイディアを基に具体的に実現するためのプランを策定する能力である。現実と懸離れたアイディアは企画倒れで終わる。現実化するために必要な要素を抽出し、出来ないこと・不要な個所を精緻化しつつも、捨象する能力である。Bは、@とAで行なった構想・設計を具体的に現実化する能力である。ソフトウェア開発なら@は、全体の俯瞰的状況やアイディアを構想し、AUMLなどを活用して具体化する作業、Bは実際のコーディングといった具合になるだろう。しかし、これらの能力は実験・調査研究でも同様に求められるものであろう。

しかし、こうした理論的側面と技術的側面,個々の能力を独りで兼ねることがどれほど困難かは、実際にやってみようと思っているだけの人には分かりづらいであろう。文理系や狭隘な専門性を超えて各分野の知見を総合し、かつそれらを再構成して、分析を施していくということをやっていかねばならないと思う。

数理科学や情報科学に関する関連予備知識や最新知識にも常に親しむことが必要であるし、場合によっては、そちらが専門といいきれるくらいの柔軟さがないと踏み込んでやって行くことが困難な状況もある。例えば、遺伝的アルゴリズムを使うのであれば、分子生物学やバイオインフォマティクスの名前くらいは知っておいた方が良いだろうし、生物学的素養は最低限必要になると思う。

人工社会の多くの研究が経済システムや社会的資本の問題をはじめ、国際問題に関することである。僕は社会心理学を研究しているつもりであるが、実際問題としては、社会学をはじめとして政治学,経済学,国際関係論に関する分野にも手をつけざるを得ない。結局、人工社会モデルは、現実の社会の「箱庭」を再現する過程でもあることを否応なく実感している。そうした中で考えることは、社会心理学の特異性と独自性,そして関連する他学問との連関構造である。